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登呂公園のご案内

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公園内と付近のみどころ


復元住居
                                        登呂遺跡に復元されている建物は、関野克博士が発掘された遺構をもとに銅鐸や土器にえがかれた絵などを参考にして復元したものです。復元住居は高さ約5m、小判形の平面の広さは約73uです。住居の内側は羽目板をさし並べ、外側に杭をうって土堤をかためます。4本の柱は根元に礎板をしいて、柱の上に梁と桁をかけそれに垂木をもたせます。桁の上に合掌形に材(叉首)を組み、屋根の最も高いところに木(棟木)をかけます。入母屋づくりの屋根は茅をふき、南西側に出入り口がもうけられています。

復元倉庫
 
 復元高床倉庫は、高さ4.3mの8本柱の建物です。礎板のしかれた柱は根元から1.2mの部分まで地中に埋まり、地面から1.45mの高さの床下部分にねずみ返しをつけています。倉庫の床の大きさ4m×2.5mで壁は凹状の壁板材を柱で四隅で交互に組み合わせた原始的な校倉づくりです。屋根は切妻で茅と杉皮を使っています。出入り口についてはわかっていませんので一木のはしごをかけて切妻から稲穂を出し入れしたと考え復元しています。

復元水田
                                        公園の南側に、登呂遺跡の水田跡の一部を復元しています。現在博物館や近隣の小学校、市民が赤米などを栽培しています。水田跡は、住居跡の東南に幅250m長さ約400mの範囲に約8ヘクタールの水田がつくられていました。南北にのびる水路の西側に一列、東側に4列の水田が並び、これらの外側は沼地になっていたようです。田んぼの面に水をたくわえるために、土地の低い側に矢板を打ち並べ、高い側に杭を打ちこんであぜをまもっています。このように区画された田面の数は約40〜50枚あったと考えられています。

森林跡(公園の西側に少し離れて保存されています。)

 昭和18年の第1次調査の際、むらの中やむらから西南の方向に離れたところにたくさんの木の株が見つかり、数カ所の森林跡が確認されました。種類と数がわかったものは、スギ16本、シラカシ4本、イヌガヤ3本、ナツグミ2本、エノキ、クスノキ、タラノキ、マユミ、イヌマキ、ネムノキ、各1本の立ち株が残っていました。発見された森林跡は現在、公園西側の住宅街の中に2箇所、第1、第2森林跡として残されています。

静岡市立芹沢_介美術館
                                         静岡市立芹沢_介美術館は、わが国染色界の重鎮、芹沢_介氏より、郷里の静岡市に作品とコレクションが寄贈されたのを機に開館しました。収蔵されている芹沢_介氏の作品800点とコレクション4500点は、年3回の企画展を通して順次公開されています。
 また建築家白井晟一の設計による建物も訪れる人々の注目するところです。
芹沢_介美術館のホームページはこちら

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